プロフィール

基本情報 (2023年2月21日時点)

 東京在住の40代前半のサラリーマン、資産は「約1億円」です。年下の妻と息子、娘の4人家族です。家は賃貸で駅近のマンションに住んでいます。車は東京に引っ越した際に手放しました。

投資履歴

 2004年3月に大学を卒業。入社後の2年間は車の購入やカーアクセサリで散財しており、貯蓄はほぼ0円でした。

 サラリーマン生活2年目、2005年 冬のボーナス全額の約50万円をイー・トレード証券(SBI証券)に突っ込みます。知識はなく、チャートや指数も見ずに「今後はネット証券の利用者が増える」と想像しただけの決断でした。想像は当たりましたが既に過熱状態だったので、2008年にSBIホールディングスに株式統合され80%マイナスレベルの損失確定で幕を閉じます。

 しかし、購入してから保有株が毎日落ちる様子を見ながらも、2006年以降のボーナスも全額を株式に注ぎ込み続けました。そのため、今に至るまで資産の90%以上が株式で構成されています。2006年にはライブドアショックもあり、2007年にはサブプライムローン問題、2008年にリーマンショックと悲劇の連発だったのですが、当時は資産があまり多くなかったのでダメージは少なく、投資を続けることできました。

 大きな損失に反省して、「最も株で資産を増やしている人を真似しよう」という思いになりました。有名なウォーレンバフェット氏でした。書籍を何冊か読んで、競争力が強く割安な会社への投資を始めました。PBRやPERなどの指数の基本についても学び、個別株投資でプラスに転じることができたのは3年後です。追加で注ぎ込んだ金額が初期投資の金額よりも多かったのでテンバガーのような大当たりもなくプラスに転じさせることができました。

 その後は株主優待投資に目覚めます。今よりも高優待利回りの銘柄が沢山ありました。そのため、普段使いのものを全て優待で手に入れようと考えて銘柄数を増やしてきましたが、暫くして大量に届く封筒から優待を出すのが面倒になり、使いづらい物品や期限のある金券にも不自由を感じてQUOカード優待以外は全て手放しました。その売却分は、全て高配当株に変えました。

 投資信託は2018年につみたてNISAが始まるまでは一切購入していませんでした。信託報酬が今よりも高くて、個別銘柄であれば維持費は0円だからです。個別株の集中投資が好きだったので、優待銘柄投資以外の資産の半分程度は中小型株の東証1部昇格銘柄狙いで投資をしていました。この手法も東証再編以降は使えなくなり、この分も高配当株に変えました。

 海外ETFや手数料の安い外国株式インデックス投信の方が理屈上は効率的でリターンも大きいと理解しているのですが、高配当銘柄の個別株集中投資を続けています。

 私が資産が増やせた要因は、①夫婦共働き正社員(資産をマネーフォワードで共有)、②株式投資を続けたこと(妻も全力投資)、③固定費の削減(変動費はゆるゆる)、④転職による収入アップだと考えています。未だにネットで欲しいものをポチる浪費癖は治っておりません。皆さんにも再現しやすい1億円の作り方だと思いますので、コンテンツも含めて参考になれば嬉しいです。

資産年表

西暦資産額イベント
2004年(22歳)0万円(推定)サラリーマンになる(PC周辺機器メーカー:商品企画)
2005年(23歳)40万円(推定)株取引を始める
2006年(24歳)70万円(推定)ライブドアショック
2007年(25歳)100万円(推定)サブプライムローン問題
2008年(26歳)200万円(推定)リーマンショック
2010年(28歳)300万円(推定)転職(1回目、パチンコ機器メーカー:商品企画)
2011年(29歳)600万円(推定)東日本大震災
2013年(30歳)900万円(推定)
2013年(31歳)1,600万円アベノミクス
2014年(32歳)2,400万円結婚
2015年(33歳)3,400万円チャイナショック
2016年(34歳)4,300万円ブレグジット
2017年(35歳)6,400万円第一子誕生
2018年(36歳)5,800万円VIXショック、転職(2回目、PC周辺機器メーカー:商品企画)
2019年(37歳)7,600万円
2020年(38歳)7,300万円コロナショック
2021年(39歳)8,400万円第二子誕生
2022年(40歳)9,200万円
2022年(41歳)9,900万円(現時点)転職(3回目、ネットワークベンダー:プロジェクトマネージャー)